『かあここさん』という友人がいる。彼女とはたまに連絡を取って、たまに会う。ちょうどいい距離の友人だ。けれど人生の節目のときには、必ず彼女がいた。
彼女とは8年前に新宿御苑のバーで出会った。ふわふわのワンピースの上に、薄手のカーディガンを羽織っている上品な女性だった。そして「今私は婚活をしている。バーに来たのは婚活。さっきはコンビニで婚活してきたところ」と言っていた。「婚活」とは動詞に使える言葉なのか、と軽い衝撃を受けた。彼女の言葉選びは非常にシュールで『ラバーガール』のような魅力がある。聞いてるこっちが思わず笑ってしまうような言葉を選んでいながら、彼女はいつもほとんど笑っていない。
食べるのが大好きなかあここさん
出会ってしばらくの間、私はかあここさんの虜になってしまった。彼女が食べているものが気になったし、彼女の生活が気になった。彼女と一緒になって色んなものを食べていたら、あっという間に顔が真ん丸になってしまった。人生で一番太っていたと思う。けれどかあここさんに「あなたは60Kgくらいまでは可愛い顔をしているから大丈夫」と言われていたので、ちっとも気にしていなかった。あの頃本当に食べるのが楽しかった。
かあここさんは、食べ物が大好きだ。色々なお店を知っているし、セイロで魚肉ソーセージを蒸したらどうなるか?というような、謎の料理研究を頻繁に行っている。
「寝る前に食べ物の写真集を眺めてる。食べ物は見るのも食べるのも好き」という話を聞いたときは、あまりにも面白くて福岡に住んでいる家族にまで話してしまった。おかげで私の家族はみんな、会ったこともないのに「かあここさん」のことを知っている。
かあここさんは、京王百貨店で行われる『京王駅弁大会』を毎年とても楽しみにしている。弁当をたくさん食べるために、大会前にかならず糖質制限をして体重を落とすらしい。「食べるために痩せる」という言葉を聞いたときは、新たな発想に驚いた。私も真似して糖質制限を始めた。それから7年ほど、ずっと糖質制限をしている。私の体重はかあここさんの影響を強く受けている。
不思議なものが見えるかあここさん
娘が生まれてすぐの頃、かあここさんに会いに行った。産後間もなかったため、ホルモンバランスが崩れていてすぐに涙がこぼれてしまう時期だった。銀座にある高級食パンのお店で、泣きそうになりながら「離婚しようと思う」と言うと、「あなたは食いっぱぐれない顔をしているから、大丈夫」と言われた。何を根拠に言ったのかわからないが、なぜかやたらと安心したことを覚えている。
友人が人生の岐路に立っているとき、ひとつも否定をせずに背中を押すという行為はなかなかできるものではない。じわじわと、かあここさんの優しさが身に染みた。最近になって「あのとき背中を押してくれてありがとう」というと、「あの日、弱っている様子のあなたのエネルギーがそれでもとても強くて驚いた。弱っていても普通の人と同じくらいのエネルギーがあったから」と言われた。なんと、かあここさんには何か不思議なものが見えているらしい。全然知らなかった。不思議な人。
メンクイだったかあここさん
少し前までかあここさんはメンクイだった。その理由として、「イケメンと付き合ったらひどい目にあわされたので、今度は普通の顔の人と付き合ったけどまたひどい目にあった。どの道ひどい目に合うのなら顔はいい方がいい」といっていた。もっともだと思う。そして、好みのタイプは「天使みたいな顔をしたクズ」だという。実は当時私もメンクイで「チャラついたハンサム」が好きだった。お互いに異性を見る目が一切ない、というのが私たちの共通点だった。
一時期私は変なイケメンに引っ掛かり、めちゃくちゃに振り回されていた。友人たちから散々止められ、それでもどうにも諦めがつかないというような状態だった。けれど、かあここさんだけは違った。「顔がいいってのは呪いだから。見つけた時点であなたは止まらないのよ。どんなに周囲に止められたって止まらないから。何度でも話なら聞くから、気が済むまでやったらいいよ」。散々否定された自分の行動を肯定されて、すごくホッとした。それから「呪いなんだ」と思うと、不思議とイケメンのことはどうでもよくなった。
初めてかあここさんに止められた日
イケメン事件からしばらくして、私は夫となる人と出会った。割りかし安定した日々を送っていたけれど、およそ2年前、彼と別れようと思ったことがあった。当事まだ彼氏だった夫の、結婚に対する社会的な意味を全く理解していない態度に疲れたことが原因だった。私はかあここさんに「彼はいつかわかってくれる人だとは思うけど、もう耐えられない」というようなことを話した。この時かあここさんは、初めて私の行動を止めた。やんわりと。
「いつかわかってくれる人を手放すのはもったいないよ。いつかわかってくれる男性って貴重だよ」
驚いた。けれど、あんなにもうダメだと思っていたのに彼女が別れない方がいいと言うのなら、きっとその方がいいんだろうとも思った。それから数か月後、夫は本当に理解を改めてくれた。彼女が止めてくれなかったら、大好きな夫と別れていたかもしれない。
大人になってからの友達との付き合い方は、かあここさんの言葉をたくさん参考にした。友達の行動を否定しないこと。肯定すること。かあここさんが教えてくれたこと。
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先日かあここさんから、結婚祝いが届いた。沖縄の焼き物だそうだ。上品で重みのあるブルーの柄が、彼女らしかった。段ボールには一緒にカードが入っていて、ほんの3行ほどの文章で私は泣いてしまった。
『結婚おめでとうございます。幸せになったね。最高だね。これからも最高でいてね』
私の人生に、かあここさんがいてよかった。