息子が14歳の誕生日を迎えるにあたって、今まで一度も書いた事のなかった育児について書いた。泣きながら、頭痛に襲われながら、時間をかけて書いた。読んだら過呼吸になりそうな文章ができあがってしまった。
このテキストを書いた2日後、なんと息子に「産んでくれてありがとう」と言われた。びっくりして大声が出た。「うわぁああ!!!」と言いながら、また泣いた。息子に泣かされっぱなしの人生である。
自分の気持ちを言葉にするのが苦手な息子が、なぜ急にこんなことを言ってくれたのか? ということを説明するには、卸売市場で時鮭を買った話をしなくてはならない。
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我が家は家族の誕生日には、主役の好きな事をやると決まっている。息子に今年は何がしたいのか聞くと「大きな魚が捌きたい」という。ということで、家族みんなで朝5時に起きて『川崎市中央卸売北部市場』へ行った。
前日私はいつものように寝酒をしていたため4時に目が覚めた時、普通にまだ酔っていた。酔うと笑い上戸になってしまう特性を活かし、ヘラヘラしながら車に乗り込んだ。夫の運転する車なのであしからず。
北部市場、でかい。着いた瞬間海と魚の匂いがする。市場の中に入っていくと干物やウニの匂いなんかも漂う。ターレットトラックがたくさん走っていて、どこからか重機のような音も聞こえてくる。騒々しい場所だけに、市場の人はみんな大きな声で会話していた。
北部市場はもともと業者専門の卸売だったらしい。数年前から一般客にも開放するようになったらしいが、その日はあまり一般客を見かけられず私たち家族は浮いていた。しかし特に奇異の目で見られる事なく、極端に話しかけられることもなく、適度な接客と海の匂いが心地よかった。
市場を一通り見て回った後、朝ごはんということで『市場メシ』を食べることにした。朝7時に唯一開いていた『鮨 あらい』さんにて。
このお寿司、冷凍のネタは一切使っていないらしい。当たり前だがめちゃくちゃ美味しかった。ついでに、朝から瓶ビールを注文。夫はハンドルキーパーなので飲まない。ひとりで「あぁ、楽しい」「最高の朝だ」と言いながらペロリと飲んだ。
そのとき、程よい接客をしてくれる大将に「今日は息子の誕生日プレゼントの魚を買いに来たんですよ」と話した。「めちゃくちゃいい企画ですね。今日は平日だから何もないけど、土曜日は子供向けのイベントとかあって楽しいですよ」と教えてもらった。また絶対行く。
帰り際に、大将が息子に誕生日プレゼント、と言って何かを渡していた。両親には内緒、だそうだ。粋だ。
市場に戻ると、息子は「鮭がいいな」と言い出した。3,7キロの時鮭を見かけたのでその場で購入。息子が自ら運んだ。市場に置いてある魚たちは発泡スチロールに入っていて、側面はけっこう濡れている。息子のTシャツとズボンはびしょびしょになってしまった。今日は暑くなりそうということで、すぐに自宅に持って帰る。
6300円の時鮭、めちゃでかい。2時間ほどかけて、息子が捌いた。自分からやりたいと言い出しただけあって、やはりとても上手。
中から筋子が出て来た時は急いで報告してきた。「メスだった!!筋子出て来た!!」「やったー!あたりだー!!」「いくらだー!!」とかなんとか、家族で大騒ぎ。
息子が盛り付けたサーモン。真ん中は炙りサーモンらしい(ちなみにガスバーナーは息子が自分のお小遣いで購入したもの)。脂が載っていて、とても美味しかった。食べきれないほどの量だった。
筋子はほぐして醤油漬けにした。鮭フレークも大量に作った。6300円でサーモンといくら、鮭フレークとあら汁まで出来てしまった。もはやめちゃくちゃ安いと思う。家族全員お腹いっぱいになるまで鮭を楽しんだ。
食事の後は誕生日の歌を歌った。夫が買ってきたケーキは、運ぶときに少し崩れてしまったそうだ。夫らしくて笑ってしまう。ケーキには毎年1本ずつロウソクを増やして、10歳を越えた辺りから数字を型取ったロウソクに変えた。14本も、たてられないから。
「朝から大変だったけど、今日一日楽しかったなぁ」と、息子がつぶやいていた。そして、そのままおもむろに一刻者のハイボールを持ってきた。お寿司屋さんでもらったのだそうだ。朝、私が「飲んじゃおうかな~~?」と言いつつ遠慮したあの一刻者のハイボール。
一刻者を私に手渡しながら息子は「産んでくれてありがとう」と言った。前述の通り私は大声で絶叫した後、「はい、こちらこそ本当にどうもありがとう」と、上司のような返答をしてしまった。どうやら寿司屋の大将のプレゼントは、息子ではなく私へのプレゼントだったらしい。
「産んでくれてありがとう、と言って渡すんだよ! と言われた」そうな。あまりにも粋すぎる。そんな素敵な人がこの世にいるのか⁉ と思った。けれど一番は、息子がそれを素直に受け入れて私に言葉をきちんと伝えてくれたことが嬉しくて、しばらく涙が止まらなかった。こちとら前日から酔っているのだ、泣かせてくれ。
『鮨 あらい』の大将、一生忘れられないプレゼントをどうもありがとう。絶対絶対すぐまた行く。鮨あらい|川崎市中央卸売北部市場内peraichi.com
余談だが息子は将来市場で働きたいそうだ。将来のイメージがついたのも、いい。あの市場は、すごくいい。